駅伝競技の始まりといわれる「東海道五十三次駅伝徒歩競争」。1917(大正6)年に開催されたこの大会は、京都から東京までの23区間508㎞のコースを昼夜問わずに走るという過酷なものでしたが、多くの人々が応援に駆け付け、大変な盛り上がりを見せたと言います。
実はこの時、今年のNHK大河ドラマの主人公で、日本人初のオリンピック選手となった金栗四三(かなくり しそう)氏も参加していたそうです。今や正月の風物詩となっている「箱根駅伝」の創設にも尽力するなど、日本の「マラソンの父」とも呼ばれている金栗氏は、次のような言葉を残しています。
「競争は最後迄堂々、力を尽くせ」
駅伝はチーム戦。一人ひとりがベストを尽くすことで、勝利は近づいてきます。
練習を重ねてこられた選手の皆様は、襷をつなぐたびに、チームの団結を強くしてきたことでしょう。だからこそ、襷を手にした時、ともに励んだ仲間の思いを感じ、自身の力を最大限に発揮できるのではないでしょうか。
そして、そうした光景は、観る人の心を揺さぶります。ひらまつ病院と戸上電機製作所が出場したニューイヤー駅伝では、力の限り走る選手たちに、私も勇気をもらいました。
今年もまた、県内を13色の襷が駆け抜けていきます。この日を迎えた選手の皆様が、仲間や地元の方々の思いのこもった襷を握りしめ、最後まで全力を尽くされることを願っています。