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2025年3月1日 ~ 2025年5月18日

OKADA-ROOM Vol.33の展示がスタートします―あらまほしきは道しるべ―

最終更新日:

記者発表ヘッダー


令和7年2月26日

博物館・美術館 学芸課

担当者 岩永

内線 3717 直通 0952-24-3947

E-mail hakubi@pref.saga.lg.jp

 

OKADA-ROOM Vol.33の展示がスタートします―あらまほしきは道しるべ―

 佐賀県立美術館は開館以来、明治から昭和初期にかけて活躍した佐賀県出身の日本近代洋画の巨匠岡田三郎助(おかだ・さぶろうすけ、1869~1939)の画業と人物を紹介してきました。

 岡田三郎助は、青年期に叔父中野健明(なかの・たけあき)から「絵をやるなら真面目にやれ」と言われ、画家になることを決意したと自ら記しています。そのとき日本画ではなく洋画を選択した理由は、同郷の百武兼行(ひゃくたけ・かねゆき)の油彩作品に幼少時から接し、また中野から百武の噂を聞いて親しみを感じていたためでした。「絵を真面目にやる」という言葉の裏には、海外での公務の傍ら寸暇を惜しんで絵に取り組んだ百武の姿が一つの理想となっていたと思われます。

 久米桂一郎(くめ・けいいちろう)もまた、岡田に重要な転機をもたらしました。久米は黒田清輝と共にフランスでラファエル・コランに師事し、明るく清新な色彩を学びました。岡田は久米と遠い親戚でもあり、14、5歳頃から交流を持っていた縁から、帰国した久米・黒田の絵画運動に関わっていくことになりました。その後自らもフランスに留学し、久米らの師であったラファエル・コランの下で多くを学びました。

 今回のOKADA-ROOMでは、岡田三郎助の作品とあわせて、佐賀の先達で「洋画家・岡田三郎助」誕生の道しるべとなった百武兼行と久米桂一郎の作品を紹介します。


 1 会期    令和7年3月1日(土曜日)~5月18日(日曜日)

 2 開館時間  9時30分~18時

 3 休館日   毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)

 4 会場    佐賀県立美術館 OKADA-ROOM

(佐賀市城内1丁目15-23)

 5 観覧料   無料


 

出品作品

百武兼行-田子の浦図-佐賀県立美術館
百武兼行-馬車のある風景-佐賀県立美術館
百武兼行《田子の浦図》
1876(明治9)年、油彩・画布佐賀県立美術館
百武兼行《馬車のある風景》
1877(明治10)年頃、油彩・画布、佐賀県立美術館
百武兼行-少女像-佐賀県立美術館
百武兼行-タンバリンを持つ少女-個人蔵(佐賀県立美術館寄託)
百武兼行《少女像》
1881(明治14)年、油彩・画布、佐賀県立美術館
百武兼行《タンバリンを持つ少女》
1881(明治14)年頃、油彩・画布、個人蔵(寄託)
久米桂一郎-泊船-佐賀県立美術館
久米桂一郎-京都加茂川の景-佐賀県立美術館
久米桂一郎《泊船》
1891(明治24)年、油彩・板、佐賀県立美術館
久米桂一郎《京都加茂川の景》
1893(明治26)年、油彩・画布、佐賀県立美術館
久米桂一郎-子どものいる風景-佐賀県立美術館
久米桂一郎-残くん(下絵)-佐賀県立美術館
久米桂一郎《子どものいる風景》
1895(明治28)年、油彩・画布、佐賀県立美術館
久米桂一郎《残曛(下絵)》
1898(明治31)年、油彩・画布、佐賀県立美術館
岡田三郎助-矢調べ-佐賀県立美術館-佐賀県重要文化財
岡田三郎助-夕陽-佐賀県立美術館
岡田三郎助《矢調べ》
1893(明治26)年頃、油彩・画布、佐賀県立美術館
佐賀県重要文化財
岡田三郎助《夕陽》
1894(明治27)年頃、油彩・板、佐賀県立美術館
岡田三郎助-自画像-佐賀県立美術館
岡田三郎助-中野多津像-個人蔵(佐賀県立美術館寄託)
岡田三郎助《自画像》
1899(明治32)年、油彩・画布、佐賀県立美術館
岡田三郎助《中野多津像》
1893(明治26)年頃、油彩・画布、個人蔵(寄託)
岡田三郎助-収穫-佐賀県立美術館
岡田三郎助-薊-佐賀県立美術館
岡田三郎助《収穫》
1912(明治45)年、油彩・画布、佐賀県立美術館
岡田三郎助《薊》
1908(明治41)年、油彩・画布、佐賀県立美術館
岡田三郎助-花野-佐賀県立美術館-佐賀県重要文化財
岡田三郎助《花野》1917(大正6)年、油彩・画布、佐賀県立美術館、佐賀県重要文化財


 

出品目録(予定)

 1  《田子の浦図》百武兼行、1876(明治9)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 2  《馬車のある風景》百武兼行、1877(明治10)頃、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 3  《少女像》百武兼行、1881(明治14)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 4  《タンバリンを持つ少女》百武兼行、1881(明治14)頃、油彩・カンヴァス、個人蔵(寄託)

 5  《泊船》久米桂一郎、1891(明治24)、油彩・板、佐賀県立美術館

 6 《京都加茂川の景》久米桂一郎、1893(明治26)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 7 《子どものいる風景》久米桂一郎、1895(明治28)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 8 《残曛(下絵)》久米桂一郎、1898(明治31)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 9 《中野多津像》岡田三郎助、1893(明治26)頃、油彩・カンヴァス、個人蔵(寄託)

 10 《矢調べ》岡田三郎助、1893(明治26)頃、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館、佐賀県重要文化財

 11 《夕陽》岡田三郎助、1894(明治27)頃、油彩・板、佐賀県立美術館

 12 《自画像》岡田三郎助、1899(明治32)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 13 《薊》岡田三郎助、1908(明治41)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 14 《収穫》岡田三郎助、1912(明治45)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館

 15 《花野》岡田三郎助、1917(大正6)、油彩・カンヴァス、佐賀県立美術館、佐賀県重要文化財


 

岡田三郎助 1869(明治2)~1939(昭和14)

  

 岡田1 岡田2


 1869年(明治2年)、佐賀県佐賀町(現佐賀市)に旧佐賀藩士石尾(いしお)孝基(たかもと)の三男として生まれる。幼時に油絵に関心を持ち、のち洋画を学ぶ。黒田(くろだ)清輝(せいき)、久米(くめ)桂一郎(けいいちろう)らとともに洋画団体「白馬会」を創立、東京美術学校の西洋画科の助教授に就任する。また文部省の留学生としてフランスに渡り、画家ラファエル・コランから穏やかで明るい色調の作風を学んだ。帰国後は東京美術学校教授として、官展の指導者として、後進の育成に力を注ぎ、1937年(昭和12年)、第1回文化勲章を受章した。

 繊細優美な婦人像を多く描き「美人画の岡田」と呼ばれた。


 

岡田三郎助アトリエ・女子洋画研究所(県立博物館東側)


岡田三郎助アトリエ1 岡田三郎助アトリエ2
 
 岡田三郎助は、1908年(明治41年)から1939年(昭和14年)まで、現在の東京都渋谷区恵比寿で暮らし、制作に打ち込みました。自宅に隣接したアトリエは木造の洋風建築で、岡田の没後は洋画家の辻永(つじ・ひさし)が譲り受けました。辻家の人々により長年守られた後、佐賀県立博物館東隣に移築・復原され、2018年度から一般公開されています。2022年には、国の登録有形文化財に登録されました。
 このアトリエで岡田の名作の数々が誕生し、またその一室は、彼が主宰した画塾「女子洋画研究所」の教室として使用され、数多の女性画家たちが巣立ちました。
 御来館の際は、ぜひアトリエもあわせて御見学ください。

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