志波屋(しわや)四の坪地区2区 古墳時代
古墳時代初頭には、弥生時代終末期から継続する一部の竪穴建物跡を除いて遺構が激減します。古墳時代前期~中期の遺構はほとんどみられず、この地区が再び利用されるのは古墳時代後期になってからです。古墳時代後期の集落遺構は、2区西部の370・371・389区などで竪穴建物跡約30棟が確認されています。これらの建物跡は、内部にカマドを持つものも含まれており、大陸由来の新たな文化が定着している様子がわかります。いっぽう、墓地については土坑墓が少数みられるものの、明確に時期が判別できるものがほとんどなく、実態は不明です。