〔催眠術を生徒に施すこと取締について〕 (明治36年11月13日) 明治時代中期以降、日本では「催眠術」が大流行。明治29年と同36年には大流行がおとずれました。 県内でも催眠術を研究した教員が生徒に試すこともあったようです。東松浦郡役所の「学事例規」に、県内務部長から郡長宛の催眠術の取締についての達書が残っています。 当館には、県内各郡役所の「学事例規」(明治中頃から大正末期)が残っていますが、これらは当時の教育現場を知る手がかりとなります。 | 「佐賀郡本荘尋常小学校聖影奉迎及拝戴式景況」 (明治25年11月10日) 明治23年10月30日、「教育勅語」が明治天皇の名で出されました。 教育勅語が出た後、政府は天皇・皇后の「聖影」とともにその謄本を全国の学校に交付します。明治24年文部省令第4号「小学校祝日大祭日儀式規程」で、三大節(元日・紀元節・天皇誕生日)等の式日には「聖影」への最敬礼と合せて、教育勅語の奉読を行うことなどを定めました。 画像は、「小学校祝日大祭日儀式次第」に従い、学校職員・全校生徒が参列して行った聖影拝戴式の報告書です。 |