昭和59年3月21日指定
佐賀市金立町大字金立字五本黒木(石室)・佐賀市大財町(佐賀市教育委員会)
考古資料
久保泉丸山遺跡は縄文時代晩期から弥生時代前期の支石墓群と、5~6世紀の12基の古墳群が小さな台地上にまとまって存在する複合遺跡である。九州横断自動車道建設に伴う調査で発見された。
1・2・6・7号墳石室は、昭和57年~58年の遺跡移設工事でそっくり切り取って移設されたもので、1・6・7号墳が竪穴式石室、2号墳が横穴式石室である。竪穴式石室で最も規模の大きい1号墳は長さ1.78m、幅0.78mである。
出土遺物は1号墳から鉄剣2口、刀子1点、2号墳の石室内から鉄剣3口、鉄矛1点、刀子1点、かんす形鉄器1点、鉄斧2点、鉄釧3点、琴柱形石製品4点など、6号墳から刀子1点が出土した。
これらの出土遺物は5・6世紀の佐賀平野の有力首長の墳墓の変容をよく示すものである。
移設後は野外博物館として多くの人に利用されている。